ミレニの最後の日

ミレニの最後の日

今日は、ミレニの「最後の日」のことを書きます。
長くなります。


7月25日木曜日


朝5時頃、Miumiuの”早朝パトロール”で起こされ
Miumiuにゴハンをあげました。

ミレニも欲しそうにしていたので
ゴハンのお皿を顔の前に出したら少しだけ食べました。
ちょっと気持ち悪そうでしたが、落ちついて寝たので
私もベッドに戻りました。


それから数時間後
ミレニがオシッコをしたような音が聞こえて起きると
床に横たわったミレニのお尻の下がオシッコで濡れていました。
オシッコをした場所から動きたくても動けなかったようです。
こういう状態はこれが初めてでした。


お尻拭きで拭いても、洗わなければなかなかキレイになりません。
クロエ用の小さいサイズのお尻拭きを何枚も使って・・・
「今日、もっと大きいのを買ってこよう」
そう思いながら拭きました。
「ミレニごめんね。きれいにしようね」

今までのミレニだったら、お尻を拭くなんて絶対にさせてくれませんでしたが
もう、されるがままでした。

呼吸も浅く早くなっていました。


夫が起きて来たので、2人で軽い朝ごはんを食べ
先に食ベ終わった夫がミレニの様子を見ると
苦しそうにしていました。


呼吸が荒くなっていました。
口を開けて、舌を出して、とても苦しそうでしたが
しばらく2人で撫でていたら
横たわったまま歩くように手足を動かしました。

「ミレニちゃん、どこ行くの?」と私が言うと
聞こえない声で一生懸命鳴いていました。

私がミレニの頭側、夫がお尻側に座って
私が顔周辺を、夫が背中を撫でていました。

それからまた舌を出して苦しそうな呼吸をしたり
歩くような仕草をして、鳴いて・・・
を繰り返していました。

「わかった、わかった。大丈夫だよ。ミレニはいい子だね」
そう言ったものの、本当は何を言っていたのか全く分かりません。


「苦しい」だったのか
「怖い」だったのか、それとも・・・・・?


そんな最中、廊下でMiumiuが吐いている音が聞こえました。
その片づけをしていたら、夫に呼ばれました。
「ミレニが本当に苦しそうだから早く来て!!」


急いで戻り、私がミレニの横に座ったと同時に
ミレニは息を引き取りました。

”すっ”と、かすかな変化で
ほんの少しだけミレニの体が冷たくなった気がしましたが
すぐには逝ってしまったことが分かりませんでした。


「え? ミレニちゃん死んじゃったの?!」
そんな感じでした。


ミレニが苦しそうにしていたのは
一時間弱だったと思います。

私も夫も家に居てゆとりのあった
まるで、この時を選んで逝ってしまったようでした。


私には唐突だったけど
ミレニは本当はずっと苦しかったんだろうな


最後まで自分でゴハンを食べて
亡くなる2日前まで爪とぎで爪を研いでいました。


最後の最後は赤ちゃんみたいだったけど
ずっと気丈で、最期までミレニでした。



天気予報では「晴れ」なのに、朝からどんより曇っていたこの日
ミレニが亡くなってしばらく後
ぱあっと陽が射しました。


ミレニは太陽みたいな子でした。






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~ Comment ~

やはり悲しみが押し寄せてきます。。。
本当に、まだ闘病が始まったばかりで、まさかそんな状態だとは思えなかったので..................hoppetanさんにとっても唐突だったんですよね.............

ミレニちゃん、本当に気丈だったね。
最後までまさに『強情で情に厚い』ミレニちゃんだったんですね。
hoppetanさんやご主人に、面倒かけるまい!と決めていたかのような。。。
姐御ミレニちゃんの居なくなった後の皆ニャンはいかがですか??
いや、居なくなってないのかな。
皆ニャンにはミレニちゃんがちゃんと見えているのかも。


猫は、旅立つ時もちゃんと選ぶって言います。
ミレニちゃんの旅立ちを拝見して、りょくちゃんの姿もまた思い出してしまいました。
りょくちゃんも体は仔猫のように小さくなって、逆に腫瘍は体より大きいくらいになっていったけど............最後まで自分でトイレに行き、好きなものも食べ、気丈でした。
りょくちゃんは2年以上闘病したなぁ。
やっぱり思い出すと悲しい。。。寂しいなぁ。。。

長く生きて欲しいし、離ればなれになるなんて考えられないけど、でも、猫にとっては何かいいのか....................人間には永遠にわからないですね。

あぁ、また長くなってしまった。

ミレニちゃん、姐御の生き様、しっかりと見せてもらいました。
ありがとう。
これからも 姿は見えなくてもミレニちゃんを感じたり、ミレニちゃんに励まされることがきっとありますね!

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●とろろ姉さんさん

ミレニは、昨年11月の終わり頃からだんだんお腹の調子が悪くなったんですが
病院に通ったのは約半年でした。
闘病生活は約半年ということになるんでしょうか。

もともと暑さが苦手だったので
痩せて弱ってしまった体でこの夏を乗り切れるのかどうかは疑問に思っていました。
7月に入った頃、ミレニを撫でていて「あまり長く一緒にいられないのかな」と
初めて思いました。
亡くなる前日も「自分でゴハンが食べられなくなったら、もつんだろうか」と
心のどこかで覚悟はしていたのに、実際の死は本当に唐突でした。

あまり食べられなくて脱水が進んでしまうので
「シリンジで水を飲ませるように」と前日病院でシリンジをもらいました。
実はその時、皮下補液の練習もしました。私がミレニに針を刺して点滴をしたんです。
「これから週1~2回練習して、家でも出来るようにしましょう」という話でした。

ミレニは、それまでより頻繁な病院通いも、シリンジで水を飲まされることも嫌で
それで急いで逝ってしまったのかな~と思いました。
結局シリンジは使わず仕舞いでしたけど・・・
亡くなる前日の病院で最後の体力を使い果たしてしまった感じもして
あの日行かない方が良かったのか、今も複雑な思いです。

> 猫は、旅立つ時もちゃんと選ぶって言います。
猫友さんの話を聞いていると、本当にそう思います。
りょくちゃんのことも思い出しました。
妹さんにゆっくり撫でてもらって、少しはずしていた間に逝ってしまったんでしたよね。

ミレニがいなくて物凄く寂しいし、後悔も山ほどあります。
でも、・・・姉さんには何度も書いてますけど
最後までミレニはミレニで、ある意味潔く逝ってしまったから
悲しいけど、悲しんでばかりはいられない、ちゃんと生きなきゃ!という気になります。

長いお返事ですいません^^;
励ましのお言葉ありがとうございました。

●鍵コメさん

ブログの更新をサボっていた上に、ミレニの病状のことはあまり書いていなかったので
皆さんにとっては突然でしたよね。
驚かせてしまってごめんなさい。

私はそれなりの覚悟はしていたけど、でもやっぱり
記事に書いた通り「唐突」という言葉がぴったりでした。

ミレニがどうして死んでしまったのか、結局本当のところはわかりません。
以前言われた「腸管悪性リンパ腫」という病気は
長く闘病して、すごく苦しむ猫も多いそうです。
ミレニは血液検査は異常なし、亡くなる前日も
「心臓の音も問題なし、腸も良く動いてる」状態だったので
闘病が長引いて苦しむと可哀想だなと思っていました。

鍵コメさんの猫さんのことを思い出しました。

でも、すごく痩せてしまったから、病気と闘う体力が持たなかったのかもしれません。
気丈な子だったから、私が思っていたよりずっと辛かったり苦しかったりしたのかもしれません。

最期は家で、皆でいられたから本当に良かったと思っています。
励ましのお言葉ありがとうございます。
今もふとした時に寂しくて悲しいけど、大丈夫です。

記事と、それからコメントのお返事を読んで
hoppetanさんがいかに献身的に看病し、葛藤された
かが痛いほど伝わってきます。
大事な子を見送った後って、「あの時本当はああした
方が良かったんじゃないか」って、自分が取らなかった
方の選択肢を正しく感じたりしちゃいますよね。
でも・・・ミレニちゃん自身が大好きで信頼を
寄せてたhoppetanさんたちの選択だもの。
ミレニちゃんにとってはそれが全てで、それが最良
のことだと思う。

私がプッチの前に見送ったウサギは、息を引き取る瞬間、
「ピー!!」って私の腕の中で悲鳴あげたんです。
今でも、絶命の瞬間がものすごい苦しみだったのではないかと
罪悪感めいた気持ちになって・・・もっと、苦しみを和らげる
方法があったのではないかと。
ミレニちゃん、最後の瞬間スッと息を引き取ったなら、それは
安らかな最後の瞬間だったのではないかな?hoppetanさんが
枕元に戻ってきてくれたので、ホッとして「お母さん・・・^^」って
思ったのが、ミレニちゃんの胸に最後に浮かんだ言葉だったかも。

太陽のようなミレニちゃん、これからも少しだけ高い場所から、
hoppetanさんたちご家族を優しい気持ちで照らしてくれるはず。
フワフワで温かい体に触れる事はできなくても、ミレニちゃんのことを
思い出せばお日様のような温かさが心にじんわり広がること間違いない
です。

●nico.さん

書いている内にあれもこれもと思い出し
記事もコメントのお返事も長くなってしまいました。
全部読んでくださってありがとうございます。

> 大事な子を見送った後って、「あの時本当はああした
> 方が良かったんじゃないか」って、自分が取らなかった
> 方の選択肢を正しく感じたりしちゃいますよね。

ですよね。
どちらの選択をしても、違う選択をしていたら・・・と
後悔することは自分でも分かっているんです。
分かりつつも、どうしても考えてしまいます。
自分では「正しかった」と思っている選択も
ミレニがどう思っていたのかは分かりませんし・・・

nico.さんちのうさぎさん、辛い最期だったんですね。
・・・忘れられませんね。
でもnico.さんの腕の中だったから、それはうさぎさんにとって救いだったのではないでしょうか。

> 枕元に戻ってきてくれたので、ホッとして「お母さん・・・^^」って
> 思ったのが、ミレニちゃんの胸に最後に浮かんだ言葉だったかも。

そう言って頂けると、気持ちが救われます。
自分のした選択で迷うことだらけでも
最後に自宅でみんな一緒にいられたことだけは、間違いなく良かったと思ってます。
たぶんミレニが自分でその時を選んだんですよね。

中腰の体勢でいる時に膝の上に乗るのが好きだったミレニ
「足がしびれた。もう限界」と降ろすまでどいてくれなかったこと
色々厄介な子で、何をするにもミレニの居場所をまず確認していたこと
私の生活の中での存在感の大きさをつくづく感じています。

ミレ二ちゃんとの最後の時のお話、辛いのにお話して下さって
hoppetanさんありがとうございます

そうでしたか~通院した次の日にミレ二ちゃん天国に召されたのでしたか・・・・
お二人揃っておられる時にと言うことはミレ二ちゃん、きっとおかあさんとお父さんに
さよならしたかったのだと思います

猫は本当に辛抱強い生き物と聞きます
調子が悪く成るとジッと我慢してを余計な労力を使わず辛抱強い
ミレ二ちゃん自分でオチッコも行き、ご飯もちゃんと食べて・・・
お二人に心配かけない様にしていたのかもしれませんね~

ミレ二ちゃんお二人のもとで過ごせたこと感謝してると思います
こんなに愛情を頂いたのですからミレ二ちゃんは幸せなニャンコさん
でしたね

家も冬で16歳を筆頭に沢山いますから(笑) 頑張らなければです!

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●クニさん

ブログに最後の日のことを残しておけば
きっと後々、書いておいて良かったと思いますよね。
細かい事は忘れてしまいますからね・・・
自分のために書いたのに、皆さんにコメントいただけるのは
とってもありがたいです。

亡くなる前日、病院へ連れていく事を物凄く迷いました。
家での様子を見ていると、病院へ行く負担に耐えられるのかな?という感じでしたから・・・
でも先生に相談して、結局行ったんですけど
病院ではほんとに気丈にしていて
まさか翌日には亡くなるなんて思えない様な楽観的な診断でした。
クニさんがおっしゃる通り、猫は本当に辛抱強いと思います。

クニさん家の一番の年長さんは16歳ですか。スゴイ^^
ほんと。頑張らなければですね!
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